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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2335号 決定 1987年3月30日

債権者

早川照宜

右代理人弁護士

松崎勝一

石井正行

竹谷智行

塩川治郎

債務者

津軽三年味噌販売株式会社

右代表者代表取締役

阿保定吉

右代理人弁護士

竹内桃太郎

石川常昌

吉益信治

主文

一  債務者は、債権者に対し、昭和六一年一〇月以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り三三万七五〇〇円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  主文第一項と同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  本件疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができ、これを左右するに足りる疎明資料はない。

1  当事者

(一) 債務者は、その代表取締役(以下「阿保社長」という。)が同じく代表取締役をつとめるかねさ味噌株式会社(以下「かねさ味噌」という。)の製造する味噌の本州における販売を担当することを主たる目的として、昭和五二年七月二七日に設立された株式会社である。

債務者の賃金支払方法は、前月二六日から当月二五日までの一か月分を当月二七日に支払うというものである。

(二) 債権者は、昭和二八年三月に大学を卒業後、渡辺製菓株式会社に入社し、同社がカネボウ食品東京販売株式会社(以下「カネボウ食品」という。)に合併されたことに伴いカネボウ食品の社員として勤務していたが、後に述べるような経緯でカネボウ食品を依願退職し、昭和五五年四月一日、債務者に入社した。しかし、債権者は、債務者から、昭和六一年九月一一日、就業規則三七条一項一号の「勤務成績又は能率が低劣のため就業に適しないと認められる」ものに当たるとして、解雇する旨の通告(以下「本件解雇」という。)を受け、それ以後就労することを拒否されている。

2  債権者の債務者への入社の経緯

(一) かねさ味噌は、昭和五二年、味噌を乾燥しながら顆粒化する技術を開発し、顆粒化した味●とわかめ、とうふ等の具をポリエチレンフイルムの包装に入れたインスタント味噌汁を商品化した。債務者の東京営業所は、昭和五三年一〇月から、このインスタント味噌汁を「テーブルみそ汁」という商品名で首都圏において販売を開始し、昭和五四年四月からは、月間販売目標を二万ケースとし、テレビ・ラジオ等の媒体を使って広告宣伝するという積極的な販売方針を採用した。当時の東京営業所の責任者としては、阿保社長の息子である専務取締役(以下「専務」という。)が常駐していたが、右の販売方針の決定は、阿保社長の直接の指示によるものであった。

(二) しかし、東京営業所の販売成績が期待したように伸びなかったため、阿保社長は、昭和五四年夏ころ、債務者と取引のある新光商事株式会社の代表取締役であり、債務者の営業活動に関する相談役の立場にあった武井光男(以下「武井」という。)に対し、東京営業所における販売の責任者となり、専務を輔佐し得る人材の探索方を依頼した。阿保社長は、武井から、当時カネボウ食品の取締役副支配人をしていた債権者を紹介され、債権者に対し、右のような東京営業所の状況を述べて債務者への入社を強く要請し、最終的に別紙(一)のとおりの「入社に関する覚書」と題する書面をもって入社の条件を提示した。債権者は、昭和五五年二月七日、債務者の右の提示を了承することとし、同年四月一日から東京営業所長としての勤務についた。

3  入社後本件解雇に至る経緯

(一) 債権者は、昭和五五年四月一日以降、東京営業所の販売成績を向上させるべく、東京営業所の組織の改革、商品販売経路の確立を目指した特約店会、幹事店会、工場見学会の開催の企画、消費者対策としての百万食キャンペーン(試食品の提供等を内容とするもの)の企画等を立案した。これらの改革又は企画は、その都度、専務を経由して阿保社長の決裁を得たうえで実施に移された。

(二) しかし、右のような債権者の努力にもかかわらず、阿保社長が期待した程には販売成績が伸びず、特に、昭和五五年八月から九月にかけて実施した一斉出荷(問屋、小売店等に対してこの期間の注文に対しては何らかの割戻しをすることとして、多数の注文を獲得し、店頭に商品が一斉に陳列されるようにして、商品の浸透と売上げの拡大を企図したもの)においても、目標とした成績(テーブルみそ汁月間二万ケースの販売)をあげることができなかったことから、阿保社長は、債権者に対して、不信感を抱くようになった。そして、阿保社長は、債権者に対し、昭和五六年七月、退職を迫り、これに応じないときは賃金を減額すると申し渡し、債権者が了承しなかったにもかかわらず、一方的に同月分の賃金をそれまでの七五万五〇〇〇円から五八万三〇〇〇円に減額した。また、このころ、阿保社長は、武井に対し、債権者が債務者を辞職するように働きかけることを依頼した。債務者は、債権者の抗議に会って、賃金を旧に復したうえ、差額の支払もしたものの、同年一〇月一日、債権者から東京営業所長の地位を奪い、債権者に対し、新規販売経路の開拓及び一人で年間一億円以上の売上げをあげることを命じ、更に昭和五七年四月一日、末端販売店の巡回セールス業務のみをするよう命じた。

(三) 債権者は、昭和五七年五月二九日に開催された債権者の株主総会において取締役に再任されなかった。そして、翌三〇日、かねさ味噌の取締役である打田悌治は、阿保社長の使者として、債権者に対し、その旨を伝えたが、その際、債務者を退職するよう求めた。債務者における自らの身分に不安を抱いた債権者は、債務者を相手方として、同年七月八日、豊島簡易裁判所に対し、労働契約存続確認の調停の申立てをしたが、債務者は、調停手続中である同年一〇月、債権者の賃金を一方的に三三万七五〇〇円に減額した。

(四) そこで、債権者は、債務者を被告として、昭和五七年一二月二三日、当庁に対し、雇用関係存在確認等請求の訴えを提起した(昭和五七年(ワ)第一五五二二号)ところ、昭和六一年一月二七日、別紙(二)のとおりの主文の判決が言い渡された。債務者は、この判決を不服として控訴し、現在、東京高等裁判所昭和六一年(ネ)第三〇七号事件として係属中である。

(五) 債務者は、債権者に対し、昭和六一年三月三一日、自宅待機を命じ、更に、同年九月一一日、末端販売店の巡回セールスにつき、債権者の営業成績が極端に悪く、また債権者において実際には訪問していない末端販売店を訪問したと虚偽の事実を報告したとして、前記1の(二)のとおり解雇する旨通告した。

二  以上の事実を前提として、解雇事由の存否について検討する。

1  債務者は、債権者と債務者との間で、債権者の入社に際し、東京営業所においてテーブルみそ汁を二万ケース、生味噌を二〇〇ないし三〇〇トン販売するという月間販売目標を達成する合意が成立したこと、その結果、この月間販売目標を達成することが別紙(一)の債権者の勤務条件を債務者において維持する前提となっていたこと及び債務者が債権者に対して支払うことを約した金員には、取締役報酬分と労働者としての賃金分とが含まれており、後者の額は三三万七五〇〇円であることを前提として、債務者において、債権者と債務者との間の昭和五五年二月七日の合意の内容を債権者の意思に反して一方的に不利益に変更したことが正当である旨を主張する。

しかし、一の2及び3記載の事実を総合して考えると、債権者と債務者との間の昭和五五年二月七日の合意は、東京営業所の販売成績を向上させることに債権者がその経験と手腕をもって貢献することを予定して締結されたものではあるが、一定の具体的な販売成績をあげることが債権者の勤務条件を債務者において維持する前提となっていたものではなく、また月額七五万五〇〇〇円の賃金の支払を受ける東京営業所長としての労働契約を主要な部分とし、常務取締役としての委任契約(その報酬についての定めはない。)が付随的又は副次的な部分として併存する契約であると解するのが相当であって、労働契約の部分については、原則として、債権者の意思に反して一方的に不利益に変更することは許されないものというべきであって、前記の債務者の主張は、いずれも採用することができない。

してみると、債務者の債権者に対する入社以後の対応は、東京営業所の販売成績が債権者の入社後も期待したようには向上しなかったことから、債権者の入社後約六か月後には早くも債権者に対する不信の念を抱き、販売成績が向上しなかった原因についての客観的な分析を十分にし、債権者との間で冷静に善後策を協議するといった方策を講じることのないまま、債権者一人にその責を負わせ、債権者の入社後約一五か月後には退職を迫るに至り、その後、入社時に合意した東京営業所長の地位を奪ったうえ、一方的に賃金を減額したものといわざるを得ない。

2  債権者の末端販売店巡回セールスの業務につき解雇事由が存する旨の債務者の主張は、債権者と債務者との間の労働契約の内容を前記のとおり債権者の意思に反して不利益に変更した債務者の行為が正当であることを前提とするものであって、採用の限りではない。

右の点をひとまずおいて、債権者の債務者における業務の内容を末端販売店巡回セールスとして考えるとしても、債権者において実際には訪問していない末端販売店を訪問したと虚偽の報告をしたとの債務者の主張を認めるに足りる的確な疎明資料はない。すなわち、債務者は、債権者が訪問したと報告した末端販売店の一部につき追跡調査をしたとして、その調査に従事した債務者社員らの陳述書等を疎明資料として提出するが、債権者が訪問していないとする根拠は、末端販売店の店員等の記憶に基づく回答が大部分であるから、その記載を全面的に信用することはできず、債務者主張事実の疎明としては不十分であり、他に債務者の主張を認めるに足りる疎明資料はない。

また、債務者は、債権者に対して末端販売店の巡回セールス業務を命じた後に、債権者が債務者からの命令に違反して、月間販売目標及び成績不良理由書の提出をしなかったことを、本件解雇事由の一つとして主張しており、本件疎明資料によると、債務者は、債権者に対し、昭和五八年二月及び四月に、債権者において右の各書面を提出しなかったことを注意する旨の「注意書」と題する書面を交付したことが一応認められる。しかし、これらの注意書は、いずれも債権者と債務者との間において前記の雇用関係存在確認等請求の訴えが当庁に係属中に作成されたものであるばかりか、月間販売目標を提出させなければ債務者の業務に支障が生ずること及び債権者の成績が不良であることを認めるに足りる的確な疎明資料がないから、月間販売目標及び成績不良理由書の提出をしなかったことが前記一の1の(二)記載の就業規則に定める解雇理由に当たると判断することはできない。

3  そうすると、本件解雇については、就業規則に定める解雇理由に当たる事実が存在することの疎明がないことに帰するから、本件解雇は無効であるといわなければならない。

したがって、債権者は、債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあるとともに、少くとも月額三三万七五〇〇円の賃金請求権を有することになる。

三  保全の必要性

本件疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者は、本件解雇の意思表示をした昭和六一年九月一一日以降債権者の就労を拒否し、同日以降の賃金を支払っていないこと、債権者は、妻と二人の娘とともに生活しているが、妻と二女の生活費は債務者から支払われる賃金によって賄ってきており、賃金の支払を受けられないと生活に困窮することが、一応認められる。

債権者は、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨のいわゆる任意の履行を期待する仮処分をも求めているが、賃金の仮払を命ずる以上にこのような仮処分を発すべき保全の必要性は認められない。

四  以上の次第で、本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから、保証を立てさせないで認容することとし、その余は保全の必要性につき疎明がなく、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから、却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中豊)

別紙(一)

昭和55年2月7日

早川照宜殿

津軽三年味噌販売株式会社

取締役社長 阿保定吉<印>

入社に関する覚書

今般貴殿を当社へ迎えるに当り下記のとおり約定しますから会社のため全力をあげて社業の発展に寄与して下さい。

1.待遇

常務取締役 東京営業所長

2.給与

初年度の年間給与は現職給与(カネボウ)×130%とします。その後の賃金アップは当社の賃金アップ率によります。

3.身分保障

10年以上身分を保障します。

4.退職金

退職金は(年収×1/12)×勤続年数とします。

5.その他

カネボウ食品会社より住宅資金として借入している300万円は入社支度金として支払いします。

以上

別紙(二)

○ 主文

一 原告が被告に対し別紙記載の内容の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二 被告は原告に対し昭和五七年一〇月から同五九年一一月まで一か月金四一万七五〇〇円の割合による金員及び右各金員に対するその各該当月の翌月一日からその支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三 被告は原告に対し昭和五九年一二月一日からこの判決の確定に至るまで毎月末日限り一か月金七五万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四 原告のその余の請求にかかる訴えを却下する。

五 訴訟費用は被告の負担とする。

(別紙) 労働契約上の権利の内容

一 賃金 一か月金七五万五〇〇〇円(但し、ベースアップは被告のベースアップ率による。)

二 昭和五五年四月一日から最低一〇年間の身分保証。

三 退職金 退職時における年収の一二分の一に勤続年数を乗じた金額。

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